◆義父の旅立ち
◆12月17日の朝、静岡県の妻の父親の訃報が届いた。
昨年の8月末、2度目の肝臓がんの手術を前に、検査入院中に脳梗塞を起こし、後遺症が残った。リハビリ退院後も、自宅に戻る事は叶わず、最終的には自宅から徒歩5分の、デイサービスも行っているサービス付高齢者住宅に入居することができた。
◆その後も、メンタル的に落ち込んだり、インフルエンザに罹患したり、山あり谷ありだったが、施設内でリーダーシップを取るようにまでなっていた。しかし、二週間ほど前から食が細くなり、家族が呼ばれ、妻も会いに行ったのが12月4日、娘と私も20日には見舞いに行く予定だった。
◆昭和3年生まれの92歳。中学校の理科の教員として38年間、定年後も社会教育施設の非常勤として最後まで教育者として働いた。油絵やDIY色々な会の世話役等、常に何かに精力的に取り組んでいた。人に対して正面から対峙し、多くの事を教えてくれた、教員気質の義父であった。私の父は13年前に亡くなったのだが、やはり偶然中学校の理科の教員で、二人で釣りや絵を描いて秩父の民宿に泊まったことを、思い出話としてよく話してくれた。
◆思えばコミュニティカフェの事を考え出したのが、私の父の死がきっかけだった。
コロナの影響で通常の葬儀とは随分違う形だったが、時代が大きく転換したような感覚があった。