~古民家・定年・集いの場~「やたいさんのコテツの部屋」

◆10年程前「私の夢:集いの場をどう作るか」というブログを行っていました。夢は達成されていませんが、これまで行ってきたことや、今後の取り組みなどを、時事的なものと絡めて記していきます。コ(古民家)テ(定年)ツ(集いの場)がキーワード。

◆高校35年生

昨日、高校3年の時の担任だった折原利男先生が退職と同時に上梓した『現場からの教育再生
言葉で拓く学びの豊かさ、可能性』という本の出版記念パーティーがあった。
先生は私達が高校3年の時に29才で、その4年前に我が母校に新任教諭として赴任してきている。
その後、定時制の高校にも2箇所のべ19年、全日制も我校を含め2箇所のべ16年と、腰をすえた
教育の実践をしてきた人だ。
35年の教育実践を通して、またこの本の書く中で、「今日の日本の教育には問題が山積みしていて、
このままでは日本の教育は、そして日本は本当にだめになってしまうという危機感をもっています」
(挨拶文より)述べている。

私達が高校の頃から30年以上が経ち、明らかに教育の現場や、教育の質は変化してきているようだ。
当時の母校が、決して理想的な教育を行なっていたとは思わない。
田舎の男子進学校質実剛健の名の元に、自由放任で受験指導などは全く無かった、ある意味で
かなりいい加減な学校。20代から30代前半の若い教師が当時多く、また味のあるベテラン教師が個性を
競っていた。
最近は私立の中高一貫などの台頭もあり、地理的なハンディがある公立校は人気が低迷、それに時代の
変化等もあり、生徒の質もかなり変わって来ているのは仕方がない部分もある。
子供をめぐる環境も大きく変わった。テレビゲームなどは、30年前にはまだなかったのだから。

むしろ、今の日本の教育の結果が、そのような子供たちを作り出しているということが問題。
偏差値で輪切りにされた高校や大学、入学試験に多大なエネルギーを費やし、その知識が生きる力と
なっていない現実。
フィンランドやオランダの教育と良く比較されるが、この教育の質の違いを変えることはできないのか・・・

当時のクラスメート9人と、本当に久しぶりに会い、近況や色々な尽きない話をした。
皆、それぞれの立場、仕事で頑張っているなぁと、元気になった一日だった。